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非常にシンプルかつ重要なことを私たちは忘れてしまったのではないか

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ヤマもオチもイミもない、感覚的な感想ではありますが、

手織り体験の最中にふと思ってしまったのです。

非常にシンプルかつ重要なことを私たちは忘れてしまったのではないか。と。


杼(ヒ)=シャトルにセットした緯糸(ヨコ糸)を通して、経糸(タテ糸)の上下を入替えて、筬(オサ)で糸をととのえつつ手前に打ちこむ

音にすると
スー、パタン、コンコン
ですかね

スー、パタン、コンコン

スー、パタン、コンコン

スー、パタン、コンコン

・・・・・・・・・・・


単純な平織でマフラーを作った手織り体験でしたが、今の私達には手織りと言えば、手芸的な趣味の織物か、手織り大島などの高級品のどちらか。

機械織りが普及して安価に大量に布が、服が流通する現在、昔のように着るものも自給自足で賄う時代ではなくなりましたね。

じゃぁ、みんなで昔に戻そうとか、高度経済成長期がイカンのだとかそういうことを言いたいのではなくて、
なんというか、この100年くらいで、シンプルで単純な筈の生活が、便利にはなったけれど、複雑になった気がしてしまうのです。

そしてその複雑さの中で、息苦しくてもがいている。

機を織るという単純作業の繰り返しで、中には一日に数センチも織れないような織物もあります。
それでも地道に機を織る。
毎日毎日繰り返し。飽きることなく反物になるまで。

 

便利だけれど複雑になり、閉塞感から抜け出せず、

地道な努力や作業よりも、簡便さがもてはやされ、

そんな今、

非常にシンプルかつ重要なことを私たちは忘れてしまったのではないか

機を織りながらふとそう思ってしまいました。

 

だから、どうだってハナシでもないのですが・・・・・・(^_^.)

Satose!