100年後を考える。
緋呂の異界絵師通信 を読んでずっと気になっていた言葉。
ただ申し分けないのだが、どの記事かわからなくなってしまった(泣)
よくビジネス書なんかでは、5年先、10年先を視野に入れて計画を立てるとかはあるけれど、100年ってあまり出てこないなぁと。
100年後に自分の写真を残したい
嗤われようと、無謀とそしりを受けようと思ってしまったものは仕方がない。
100年後にはもちろん自分の肉体は残っていない
100年後には家族も子孫もいない
100年後には名前も残っていないかも知れない
でも
100年後に私の撮った写真が1枚でも残っていたらいい
今残っている100年前の写真でも、写真が残っていて、でも撮影者不詳なんて普通にあるし、よしんば名が残っていても、その人の詳細はわからないなんてもの多い。
だから、いい。肉体も遺伝子も、名も残らなくてもいい。
ただ、私の撮った写真は残したい。
100年後に誰かが見てくれたら嬉しい。
孫悟空が毛むしり、フッと吹くと分身が散らばるように、私も写真を撮って未来にフッっと吹き散らしてみようと思う。
一番遠くまで行くのはどれだろう。
そう考えるとワクワクしてくる。
孫悟空が毛をむしるように(笑)、私も自分の命をむしって写真に乗せてみようかと思う(怖ぇww)
冗談はさておき、そのくらいの気概で写真を撮ろうとあらためて思う。
Satosee!