左右を教える授業のときによくある光景
「お箸を持つ手が右」
「お茶碗を持つ手が左」
この前提条件で「じゃ左手挙げてー」左利きなんだから右手を挙げるに決まっている。
当然間違いだし先生も困った顔、クラスの男子に「馬鹿でー」「右と左もわからないでやんのー」とからかわれる。
この一件で
「自分は頭が悪いから勉強は出来ない」という刷り込みと思い込み。
そして「左右盲」になってしまったらしい。
左右盲で解らないのは世の中で自分だけで他の人はちゃんと解るものだとずっと信じていました。
大人になってから左利きに出会うことが増え、話を聞くとみんな大なり小なり「左右盲」だという驚き。
右利きの人から見たら少数派だし、右に矯正するべきか、左利きが悪いのだということなのかもしれません。
左利きが悪いという言い分も一理あることを考えた上での自分の中での結論。
私の左右盲の原因は小学校1年の担任教師の教え方スキルが低かったからだと思っています。
当時は「学校の先生の言うことはちゃんを聞くように」と親に言われ、先生の言うことはすべて正しいと盲信してしまったことによる弊害でしたね。自分以外のクラス全員が正しい=自分が悪いと刷り込まれる雰囲気でしたもん。
>“左右盲”の人間は、左右の判断に際して若干の判断材料を必要とする。実際の判断にかかる時間は1秒未満から数秒まで様々。
私は、自分の左手親指の腹側の関節を人差し指で触ります。
ペンを持つ方=左。だからこっちは右(左)と判断します。
視力検査のCがどちらに開いてるかの回答は毎回時間がかかって焦る。
見えないのではなく、右か左かをアウトプットするのに時間がかかるのです。
左利きが9年短命説には左右盲も影響しているのかも知れないという乱暴な展開をしてみる(~_~)
「左に避難して!」というのを、左右盲で咄嗟に判らず、焦って右に行って命を落とすようなこともありそう。
負け惜しみではなく、長生きしようとも、するとも思っていませんからいーんです。
だいたい、左利きと言うことを普段意識しませんもの。
自分にとってはこれが標準だから。
たまに鉛筆のグリップに「右利き用」と書いてあるのを見て思い出すくらい。
向かい側から見たら、左利きが字を書く様子が奇異に見えるからでしょうけれど、だからと言って、よくそれで「字がかけますね」とか、余計なお世話だっつーの!
Satosee!